• Jul.
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  • 06
  • 2020
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欧州イノベーションハブをめぐる:第5回
名門大学とともに躍進するシリコン・フェン 、ケンブリッジ

今シリーズの第5回目は、名門大学を取り巻く古い歴史とともに発展してきたケンブリッジです。弊社は、スタートアップと企業のパートナーシップを模索するケンブリッジ大学のStrategic Partnerships Officeと、ゲノミクスとバイオデータに特化したインキュベーターのWellcome Genome Campusと対談を行いました。

 

The Fensに位置する歴史深いテックハブ

ロンドンから85kmほど離れたイングランド東部に位置するケンブリッジは、青銅器時代に遡る非常に古い歴史を持ち、古代ローマやヴァイキングの時代を経て、中世以降はかの有名なケンブリッジ大学と共に発展してきました。総人口の約13万人のうち半数近い6万人強がテック企業に携わるケンブリッジは、米シリコンバレーと同都市が位置するイングランド東部沿岸地域のフェンズ(The Fens)にちなんで、シリコン・フェンという名でも知られています。

 

最先端技術と優れた人材を輩出する名門ケンブリッジ大学

その優れたエコシステムの発展は、街の歴史の一部となっているケンブリッジ大学なしに語ることはできません。1209年創設の同大学は、世界で4番目に古い大学で、英国の一流研究型大学24校で構成されるラッセル・グループ欧州研究大学連盟に属し、常に世界大学ランキングでトップを争う名門大学です。実際、2019年までに米ハーバード大学に次ぐ109名のノーベル受賞者を輩出してきました。

ここで学んだ人材は、特に学術研究が進んでいる物理学や化学、医学分野で優れています。またケンブリッジ大学は、新規ビジネスの開拓を希望する学生に非常に寛容なIPポリシーによって全ての知的財産を研究者・発明者に帰属させることで、学生が独立し、新たなキャリアを築きやすい環境を提供してきました。そのため、同大学からはメドテック、バイオテクノロジー、半導体、電子コンピューティングなどのディープテックを専門とするスピンアウト企業が多く誕生し、国内における特許取得数も10万人当たり341件と、2位以降の4都市の合計件数よりも圧倒的に多い数を誇っています。

 

スピンアウト企業とライフサイエンスを中心に拡大する投資

このエコシステムへの投資状況も大学に強く依存しています。Global University Venturingによると、2018年にはスピンアウト企業の調達資金総額で世界一となった上、大学の特性であるライフサイエンスへも米国や中国など国外からの投資が増加し、テック企業へのVC投資は2019年には5億ポンドと前年の3.8億ポンドから33%増加しています。これを1人当たりの投資受給額に換算すると、人口の少ない同都市においては3,356ポンド とロンドンの840ポンドを大幅に上回っています。

 

エコシステムを取り巻く、層の厚い投資家や組織・施設

ケンブリッジは、半径77.7平方kmの距離に6000社ほどのテック企業が集まる非常に密度の高いエコシステムを構築し、現在までに半導体設計のARM、次世代手術サポートロボットのCMR Surgical、セキュリティソフトウェアのDarktraceなど15社以上のユニコーンを輩出してきました。

またスタートアップの成長を支える投資家の活動も活発で、CMRにも早期から出資し、ケンブリッジ企業に10億ポンドの投資を呼び込んだディープテック専門のCambridge Innovation CapitalIQ CapitalなどのVCをはじめ、自らも起業家として成功を収めてきた富裕層投資家が集まるCambridge AngelsCambridge Capital Groupを含む層の厚いエンジェル投資家もその特徴です。さらに多くのエンジェル投資家を抱えるVCのSyndicate Roomはオンライン上での簡易投資プランを提供し、誰でも、どこからでも簡単に出資ができるような新しい環境を作り上げています。

アクセラレータープログラムにおいては、Judge Business Schoolが体系的なサポートを行うAccelerate Cambridgeや、永続的な社会的及び環境的変化を与えるビジネスに焦点を置き、12ヵ月の長期プログラムから週末のみの集中コースまで幅広いスキームを展開するCambridge Social Venturesを運営しています。昨年には、PoC段階のアーリーステージ企業を支援するStart Codonと、EMEA本社に隣接して自社のゲノミクスツールやラボへのアクセスを提供する米バイオテック企業のIlluminaが、ライフサイエンスに特化した2つの新プログラムを立ち上げました。また弊社が面談を行ったWellcome Genome Campusも武田製薬、GSK、Sanofiなどの大手製薬会社をパートナーに持つインキュベーターとして、ゲノミクスとバイオデータの研究に必要なリソースやトレーニングを科学者と臨床医に提供しています。

 

研究開発を促進する多面的な組織と施設

大学に付属するCambridge Enterpriseは、学生とスタッフの専門知識やアイデアの商業化をサポートするために1995年に設立された一方、Strategic Partnerships Officeも各学部と協力しながら幅広い分野と国にまたがる戦略的コラボレーション機会の創出、特定、促進に注力し、主要パートナーには日立、Shell、BP、Microsoft、JLRなどの有名企業が名を連ねています。またTrinity Collegeによって設立されたCambridge Science Parkには、152エーカーという広大な敷地に、大学スピンアウト企業から多国籍企業まで7000人以上、130以上の企業が集まる中、St John’s Collegeが創設したSt John’s Innovation Parkも、1987年から欧州でインキュベーターとしての活動をいち早く開始したイノベーションセンターを中心に展開してきました。

 

グローバル企業のRDハブ

ケンブリッジは、最新技術だけでなく、多様な人材プールで優れた学生や起業家へのアクセスを求める多国籍企業が拠点を置くには絶好の都市であり、グローバル企業の進出・投資があとを絶ちません。2016年にこの地の特性を活かすためにケンブリッジに本社を移転したAstraZenecaは、現在新たに5億ポンドを投入してCambridge Biomedical Campus内に新しいR&D施設を建設中です。その他の業界でもAmazon、Microsoft、Samsungなどの大手企業が拠点を置く中、今年6月にはHuaweiが10億ポンド規模の研究施設を設置することが決定しました。弊社クライアント菱電商事と協業するUltraSoCも、そのモニタリング、サイバーセキュリティ、安全性をシステムオンチップに組み込む技術が評価され、独総合電機Siemensに買収されたばかりです。

日本企業の活動としてはソフトバンクのARM買収以外でも、2019年にクレハがリードインベスターとして次世代型3DX3マルチタッチセンサーのCambridge Touch Technologies出資したり、今年に入ってアステラス製薬がミトコンドリア関連疾患に対する創薬研究を行うNanna Therapeutics買収したりと積極的な動きが見受けられます。また日系VCグローバルブレインも、AIを活用した創薬のHealx、超大規模データ統合・解析プラットフォームのGeoSpock、ソフトウェアのUNDOなどに出資を重ねています。

 

国が主導するライフサイエンスイノベーションスキーム

英国政府は今年2月に、研究者と産業界のコラボレーションを促進するための新たなライフサイエンスイノベーションスキームを発表しました。対象領域にはスマートウォッチやモニターなどの新しいウェアラブル技術や診断デバイス、また患者の遺伝情報に基づく新しい個別医療の開発が含まれます。その中で、政府は国内外からの投資を引き付け、専門知識とビジネススキルの融合を可能にする機会が豊富な地域(Life Science Opportunity Zone)として英国内6都市を掲げ、ケンブリッジからは、世界が直面する重要なヘルスケアの課題解決に取り組む欧州最大の医学研究及びライフサイエンス施設であるCambridge Biomedical Campusが選出されました。今後は政府の支援も加わり、同分野での更なる発展が期待されます。

 

最後に、、、

日本でも優秀な人材が集まる都市として広く知られるケンブリッジですが、そのリソースを活用するという点では、日本企業はまだまだ進出の余地があるように感じます。ケンブリッジの特徴として、エコシステム全体の成長を促進するイノベーション関連組織・施設が多いため、スタートアップへの直接投資だけでなく、このような組織とのパートナー提携や共同開発など幅広いオプションを視野に入れることができるのではないでしょうか。特にライフサイエンスやディープテックなど、より革新的な技術により、大きな社会的インパクトを与える機会を求める企業にとっては今後も注目していくべき、最適なテックハブと言えるでしょう。

 

ケンブリッジのエコシステムにご興味がある方は、ぜひ info@intralink.co.jpよりイントラリンクにご相談ください。また無料配信している週刊ニュースレター「欧州イノベーションインサイト」や弊社のフェイスブックページでも、欧州の最新技術・エコシステムに関連する最新情報を定期的に発信しておりますので、ぜひご覧ください。

 

著者

植木このみ